(archive) 番外編の番外編 ロンドンは負けない!

 7月7日。木曜日。前日は2012年のオリンピック開催地に決まってトラファルガー広場もお祝いの大騒ぎだった。やったぁ、パリに勝ったぁ、って。 翌日、その興奮も冷めやらぬまに 地下鉄・バス テロ。
 天国から、どすんと地獄に落とされた。
 その朝は、いつもの時間より少し遅れて家を出た。遅刻だ、いや、すれすれかなあ、と思いながら駅に着くとベーカールー線が大幅の遅れ。いつもはベーカーストリート駅でジュビリー線からベーカールー線へ乗継ぎ、会社の最寄駅であるオックスフォードサーカスに行くのであるが、ああ、ついてない。でもほとんどの地下鉄が遅れている模様。オリンピックが決まった途端に遅れるなんて、ロンドンらしいよね、と思う。また、これネタにできるかもね。などとお気楽に考えていた。
 第2の手段として、そのままジュビリー線で次のボンドストリート駅まで行くことにする。それから、会社まで歩くか、バスに乗るか、である。なんなくジョンルイスデパートの手前で25番のバスにすぐ乗れた。時計を見ると9時25分。ああ、もう間に合わない。遅刻。すぐ前に同じ番号のバスがあるためか、わたしの乗ったバスはすいていて乗客はほかにあとひとり。
 わたしの後に乗ってきたその男性は運転手のすぐ近くにすわって話し掛け、しきりにドライバーと話をしている。
 どうも、エッジウエアロードで爆発があったらしい。ぼくはシティまで行くつもりだったんだが、降ろされてね。
 そう、地下鉄はいま全部止まってますぜ。
 Explosion  という単語がそのまま頭に入ってこない。Explosion??爆発?何の爆発???さて、オックスフォードサーカスの駅のまわりはひとでいっぱい。バス停にはなんでこんなたくさんのひとが?とびっくりするくらいひとがいる。こんな小さなバスに全員乗れないわ、わたしは次で降りるのに、降りれなかったらばかみたい。バスが止まると入ろうとするひとたちですごい混雑。
 会社に着いたのが始業少し遅れの 9時36分。
 ニュースを見ると、地下鉄の電気系統のパワーの問題で遅れや運休がある、と出ている。しばらくするとまたニュースがやってくる。ダブルデッカーバスが爆破された。ええ???
 日本のニュースを見るとロンドン同時多発テロとして大きく報道されている。日本の家族が心配しているだろうから、と日本まで電話していいと会社から言われ、久しぶりに母の声を聞く。あまり動揺していないようだった。無事メールを送ったと入れ違いに妹からも心配メールが入っていたようだ。
 すでに地下鉄・バスが全部止まっており、来ようにもこれないスタッフや午後からのバイトさんたちは自宅待機するよう伝える。
 オフィスは何もなかったかのように静かだが、そのうち電話回線が不安定となる。特にお客さんのケイタイに電話しようとするとつながらない。自分の無事を知らせるひと、心配になった家族がケイタイに連絡しようとするのがいちどきにすごい数となったからだ。
 その日は終日地下鉄は全面運休とでたので、一度は歩いて帰る覚悟もした。運良く夕方からバスが動き出し、歩いて帰る必要はなかった。翌日から地下鉄が復旧するということで、朝テレビのニュースを確かめ、少し早めに出る。遅れもなく、いつもより30分以上も早く着いてしまった。もちろん、まだキングスクロスなど現場の駅は閉まっているがほとんどの地下鉄は正常運転となり、不便はほとんどない。
 翌日の金曜日からロンドンはなにごともなかったかのように Back in Business, Business as usual である。
 家に帰ってテレビや翌日の新聞のニュースですごいことになっていたのだと気づく。はじめは爆発騒ぎや屋根のふっとんだダブルデッカーバス、けが人の写真だけが大きく報道され、どうなっているのか、びっくりするだけだった。日がたつにつれ、細かくわかってきたらまたこの騒ぎを起こしたやつらに腹が立った。ニューヨークやマドリッドに比べればいまのところ、幸いにも死傷者の数は少ない。でも罪もないなんの関係もない一般のひとたちを巻き込んだことに激しい怒りを覚える。いまだに行方知れずのひとがたくさんいる。ひとつ間違えば我が身だったかもしれないことだ。火の玉が飛んできて顔じゅう火傷したのかもしれない、髪の毛が燃えたり、目の中にガラスの破片がささったのかもしれない。暗い地下鉄のトンネルの中をけがしていることも気が付かずに歩いていたのかもしれない。
 ニュースを見ていると、乗客も被害者も、地下鉄の職員も、パニクらず、落ち着いて行動していた。新聞には、はじめ、被害にあった地下鉄の中で叫び声や助けを求める声が充満していたらしいが、運転手のアナウンスで落ち着きを取り戻し、みな協力しあったようなことが書いてあった。 
 乗客が撮ったケイタイ電話カメラからの映像に、トンネルを地上に向かって落ち着いて歩くひとびとが見えたがそこにパニックの様子はない。
 爆破がわかるや、ウエストミンスター(官庁街)とバッキンガム宮殿は武装警官に封鎖された。爆弾はケイタイ電話をつかった時限爆弾だというので、一時、警察が電話線をカットしたため、通じなくなったといううわさも出る。

  <概要> 3つの地下鉄の車両が同時に爆破される
8.50シティ(ロンドン金融の中心地)である、オルドゲートとリヴァプールストリート
の間でリヴァプールストリートからオルドゲートへ向かうサークル線の車両
       (はじめハマースミス&シティ線といわれていたが、サークル線だった)
8.50 エッジウエアロードからパディントンへ向かうサークル線の車両
8.50 キングスクロスを出てラッセルスクエアに向かうピカデリー線の車両
ほぼ一時間後 タヴィストックスクエア、ウォボーンプレースで30番のバスが爆破

  最後のバス爆破は地下鉄が遅れてもしくは締め出されてバスに乗り換えたひとたちにふりかかった。だからバスはいつもよりひとでいっぱいだった。イスラエルの自爆テロのバスを恐れてイギリスに来た女性が犠牲になっていた。まさか、このロンドンでこんなことが起こるなんて、思わなかっただろう。
 思えば、この「ロンドンきまぐれ便り」を始めたきっかけが、ニューヨークテロだった。あのときはまだ、自分のことと思えず、次はロンドンだ、と聞いても、本気にしなかった。いや、したくなかったのかもしれない。マドリッド事件では当時友人がいたので、心配した。いま、日本のみんながロンドンのために、心配メールをしてくれる。テロにあわないようにするすべはない。テロを防ぐすべもない。でもひるんでいたらテロはなくならない。エリザベス女王の言うように、テロリストでもわたしたちの日常生活を邪魔することはできないのだ。だれもわたしたちの生活を変えたり壊したりすることはできないのだ。
 みなわかってる。
 テロに屈して外に出なかったり、おそれで会社を休んだりすることがテロをのさばらせることになることを。
 ロンドンでテロしたのはまちがいだったね。
 ぼくたちがくじけるとでも思っているのか。
 戦争で歴史的に何度も標的になった。でも、負けなかった。
 IRA との抗争でテロは慣れてるさ。
 もし同じ犯人だとしたら、象徴的な狙い方をしていると思う。アメリカの飛行機、高層ビル。マドリッドのコミューター通勤列車。ロンドンは地下鉄とダブルデッカーバス。
 昔は独裁者、いまや、無差別攻撃。罪もない一般市民を殺したり傷つけてなにがおもしろいのだろう。文句あるなら、はっきり言えばいい。要求があるなら爆弾しかけるだけじゃ、意味がない。よけいに怒りをあおるだけ。
 消息の不明になった息子をナイジェリアから探しにきたお母さんが言う。
 問題を解決する方法は、暴力や殺人じゃない。そんなやり方で新しい世界や平和な世界は望めない。いつも罪のない一般市民がテロの犠牲になる。どれだけの一般市民が犠牲になり、どれだけの家族や愛するひとたちを悲しませたら終わるのか。
 テロリストには家族や愛するひとたちがいないのか。独身でも、兄弟や親はいるだろう。
 いずれもっと詳細な原因がわかるだろうが、記事を読むたび、ロンドナーたちに感心する。勇気をもって、助け合ったひとたちに乾杯。テロに負けて日常生活をくずすようなことはありえない。このまま泣き寝入りするんだったら、テロリストの思うまま。
 テロは防ぎえない。でもテロ後、どう対応するかが問題だ、という。
 事件のあった木曜日は終日、地下鉄は動かなかったが、夕方からバスが動き出し、翌日は地下鉄も朝からほぼ平常運転。爆破のあったキングスクロス駅は閉鎖のままだし一部の路線はストップしたままだけど(それはほら、いつものことだから)、ほとんどの路線は元通り運行している。テロリストに壊されかかった時間の空白を埋めるように、みんな日常の生活を続けている。
 もちろん、地下鉄に乗るのはこわい。バスもこわい。でも、通勤を2時間かけて毎日歩く気力はない。運動にはなるだろうが。でも実際にその場にいたひとたちはわたし以上に忘れえない残像としていつまでも記憶の奥に残ってしまうことだろう。
 ロンドン市長が犠牲者追悼の記念ガーデンをつくると言う。すでにキングスクロスの駅やタヴィストックスクエアにはたくさんの花が山となって、この流れは終わりそうにない。このことは忘れない。でもロンドンは負けない、という意思表示と思える。
 これをしたためだして、毎日刻々と状況が変わる。あたらしいことが見つかっていく。
 7月12日にロンドン北部のルートン駅で爆薬を積んだ乗用車が見つかる。イギリス生まれの若いイスラム教徒(ムスリム)が借りたレンタカー。ウエストヨークシャーに住む4人のムスリムに容疑が。ルートンへ車を乗り捨てチケットも窓口で買ってロンドンに来てキングスクロスの駅でCCTV カメラに映っていたという。リュックサックをかついだ若者が、まるでホリデーにでも行くように。イギリスで生まれ、イスラム教徒の過激派に信望して、アメリカやイギリスを否定する。でもね、イギリス生まれなんでしょ、なんで自分が生まれて住んでるところを狙うの?
 地下鉄のエッジウエアロード駅の近くはアラブ人が多いところだ。だからもしアラブの手先だったら、なぜこの近くで爆破したのかと疑問だ。反対にイギリス生まれのイギリス育ちだからこそできるのか。
 13日の新聞では、キングスクロスに着いた4人はひとりずつ四方向、東西南北に離れ離れに分かれて行くつもりだった、という。ところがノーザーン線はこの時、動いていなかった。(よくやった、ノーザーン!いつものことだけどね)それでひとりがバスに行ってしまったという。爆破された線はすべてキングスクロスを通っており、バスルートもそこを通る。
 14日の新聞にはじめて、犯人のひとりの顔写真が公開された。イギリス生まれのパキスタンからの移民で、爆発物が見つかったリーズ近くの田舎の町も大騒ぎになっている。自分の隣にテロリストが住んでいたなんて?4人とも列車やバスとともに自爆したと言われている。4人の兵隊のほかに5人目の男もいると言われているがまだ詳細はわからない。
 黒幕は別にいるだろうが、おそらく事件の前にイギリスから逃亡しているだろうということだ。でも、すぐにわかることなんだから。逃げられはしないよ。ロンドンから。
 迷惑なのは他のまともなイスラム教徒たち。イスラムというだけで石を投げられる。敬虔なイスラム教徒は平和を愛するひとたちで、イスラム教が曲解されるのを恐れている。ほんとにひとにぎり(かどうかわわからないが)の過激派によってすべてのイスラム教徒が誤解されるのはかわいそうだが、宗派内で過激分子をなんとかできないものなのか。イギリスで教育を受けたのなら、その教育がなぜ過激派へ走らせることになったのか。
 天災は予測はできても防ぐことはできないが、テロなどの人災は防ぐこともできるのではないか。同じ人間がやったことなのだ。殺人にしろ、犯罪は人間が起こすことだ。
 イスラムとか、アメリカとかいう壁を越えて、ひとりの人間として、自爆したきみのおかあさんやおとうさんの気持ちを考えると情けなくなるよ。
 犯人とされた若者たちの親や親戚はかなりびっくりしている。まさか、うちの息子が、おいが、という。洗脳されたに違いない、と言う。近所の隣人たちもあんなおとなしい子が、信じられないという。結婚している犯人もいた。嫁さんも子供もいるのに信じられない。自分の愛するひとたちは歯止めにならないのか。
 14日は事件から一週間後の木曜日。昼の12時に2分間の黙祷があった。事件のサイトにはそれぞれにひとたちが集り、犠牲を強いられたひとたちのために祈る。黙祷のその間、バスはすべて止まり、犠牲者たちのために祈った。夕方6時からはトラファルガー広場で追悼の礼拝がある。たくさんのひとたちで広場は埋まった。同じ列車に乗り合わせていて生き延びたひとたち、家族たち。市民たち。ヨーロッパの各地でも、追悼がなされた。コスモポリタンの名にふさわしいマルチ民族の集るロンドンでは、犠牲者も多国籍だった。
 15日にバス爆破犯人の写真が公表された。リュックサックを背負ってまさに「死への旅」に行く姿がルートン駅のCCTV に映っていた。
 彼は弱冠18歳。なにが彼にそこまでの決意をさせたのか。自爆することで天国に行けると言われてそれを信じたのか。次の瞬間、自分が死ぬということをわかっていてその瞬間を待つと言うのはどういう心境だろう。
 トニー・ブレアは移民法も変えようとしているが、いままでアサイラム(移民)に甘かったのにここにきてそれはないだろう、という感じだ。イギリスが移民たちに過去これだけやってあげたのに裏切られた感がある。飼い犬に手をかまれた、という感じだろうか。移民を制限することでテロリストを防げるという論もどうかと思う。やはり、人間教育の問題かと思う。ひとを殺すというのはどういうことなのか、自分たちの仲間を傷つけたり、自分が死んだとしてだれが喜ぶのか。アッラーアクバル全能の神はきみたちにそんなことを望んでいない。
 キングスクロス駅の前に山と積まれた花束に添えて追悼の言葉が書いてある。
 ピカデリー線の爆発にあってけがをした女性が言う。

 わたしはロンドンのひとたちを誇りに思う。
 これほどロンドンを誇りに思ったことはない。
 London, we love you! 

11歳の子供の目
「オリンピックがロンドンに決まったから気に入らなかったんでしょ」

2005年7月15日                    
© Mizuho Kubo , All rights reserved….. July 2005

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