4 ロンドンの中の日本
うつくしきわたくしと日本?ちゃう(もとい)、うつくしき日本とロンドンにいるわたし。が正解。 2001年は Japan 2001 と銘打って、ロンドンのみならず、イギリス各地で日本の催し物がたくさん開催されました。
5月ハイドパークでの祭り。流鏑馬(やぶさめ、と読むのですのよ、「変換」すんのは簡単やけど。馬に乗って走りながら矢を的に向け、射るのですな)や祭り太鼓、ステージでのモダンな沖縄ロック系バンド。クラシックを今風にアレンジしたバイオリンのバンドとか。お茶、いけ花のテントあり。日本食の屋台あり(やきそばがやたらポピュラーってかんじでありましたが)。
イギリスの一番いい季節。軽やかな涼風の中。なぜか「日本」を満喫しました。
6月には日本でも行ったことのない、歌舞伎を見に行きました。お題は「曽根崎心中」。
中村がんじろう(敬称・漢字ともに略。すみません、正確な漢字が変換できない。雁治郎・かな)がとってもおうつくしく。女性のわたしがうらやましくなるほどおきれいでした。艶やかというのか、色気もあって。ほんまもんのおんなでも、あんなに物腰おんならしくできる女性っておらへんのとちゃう?きょうび(このごろ)の若い子は、って。わたしは説教おばさんか?
もちろん、日本語でというか上方語で舞台されるのですが、上に英語の電工掲示板字幕?がでます。それを見るのも一興です。舞台見ながら、上方語聞きながら、訳読んで、上方語を関西弁に訳してふむふむと理解して。。。ああいそがし。
その前に「嫁釣り」という軽い狂言があって、それも楽しみました。
にほんぶんか(うっとり。。。。)だわ。
この「心中」という、そのままでは世間でおてんとさまに向かって連れ添えない男女の道行、しかして二人して死んでしまう、というこの繊細な心情が外国人・英国人にわかるんか?と思いましたが、一緒にいった、ともだちのエゲレス人のだんなは「わかる!」と言ってました。ほんまかいな。でも、彼は20何年日本人の奥さんといるわけだから、心情もかなり日本人ぽくなっていることでしょう。
こういうの見に来るひとって、日本とか日本文化に興味があって、知ろうとしているひとたちだから、ま、いいっか。許したろ。
ほんとに、ざっと見ただけで観客の半分以上がこちらのひと。非日本人と判断しました。これだけのひとがイギリスで「日本文化」を楽しみにしているというのは、関西人かつ日本人のわたしとしては、なにかやはり、うれしい誇りです。
「これが日本やで。ええやろ、きれいやろ、洗練されとぉやろ」と言いたいです。はい。最後、ちょっと、隣の神戸弁になってしまいました。英語にはならんか、しかし。モダンな最近のものも。「蜷川カンパニー」の舞台もおもしろかったです。数年前かに、グローブ座で英語でシェークスピアの出し物をやったときには不評だったらしいですが。当時はまだそれほど日本ブームでなかったというのと、日本人が本場ロンドンでそれも母国語じゃなくて英語で舞台したっていうのが、ちょっとね。クエッション・マーク・3くらいかな。
(日本で日本人相手に英語でやるっつうなら、許します。)
で、そのときの失敗に鑑みてか、今回は日本語(上部電工掲示板字幕)。ま、モダンといえども古いといえば古いのですが、明治。三島由起夫(漢字これであってるって感じ?)の作品。
「卒塔婆小町」を男性のみでやったという。これまた、「宝塚」*はあっても、日本の基本文化って言うのは、むかしから「おとこ社会」なのでしょうか?
しかし。「ちゅうちゅうたこかいな」が「One and one makes two, Two and two makes four」とかになるのはなぜ??すごい激訳。
一連の日本舞台シリーズの圧巻は7月の狂言でしたね。野村まんさくカンパニーがロンドン、グローブ座にやってきました。
狂言役者とは、代々家として親子に引き継がれて日本にも120人くらいしかいないとこっちの新聞で紹介されていました。その狂言役者のほとんどが来英した、って感じです。
グローブ座はまたゆっくりご案内する機会もあるかと思いますが、シェークスピアの時代16世紀に遡り当時の雰囲気そのままに、彼の舞台を再現して20世紀に造られた劇場です。まん中は屋根がなく、立見席となって一番安い(£5)のですが、舞台にかぶりついても一向に平気。視野という面では、いっとう特等席。
ただ雨が降ったらヒサンかな。傘や椅子の持ちこみはだめ。他の観客のじゃまになるし。すべて木製の舞台はきわめてシンプルで、まわり舞台とか、そういう近代的設備がないもので、反対に言えばカーテンや覆いで、雰囲気を簡単にごそっと変えられます。
狂言はシェークスピアの「間違いさがし」を日本的にアレンジしたもので、このときは、舞台の前の2本のローマ支柱(というのか、ギリシャ神殿にあるような、大きな柱です)に黒と白の垂れ幕を巻いて、異国の雰囲気を出していました。
もともとの話が「くろしま」と「しろしま」なので、全編にわたり、「黒」と「白」。
はじめにみなが黒子のような覆いを被り(イスラム教徒の女性ではありません)顔がわからなくしています。それに能面をつけてアレンジしています。
話は、ご主人さまと家来(太郎冠者)の二組の双子の兄弟がそっくりなためにそれぞれのご主人さまや家来をまちがえて事件を引き起こしややこしくなるという双子の織り成すコメディ仕立てのものがたりです。これまた(上部電工掲示板字幕)です。始まる前に数人の黒子たちがすでに、うじゃうじゃと舞台に上がっていて例のかぶりつきの観客とかとしゃがみこんで話をしていたりとか。始まる前から不思議な雰囲気をかもしだしています。
で、ついに始まったら、全員で、舞台に向かい(観客には背をむけて)「ややこしや~」と両手で上から下へ、下から上へ、お祈りをするようにあおぎながら合唱。これがけっこう続くんです。
「ややこしや~」「ややこしや~」「ややこしや~」「ややこしや~」「ややこしや~」
舞台の合唱と上部電工掲示板の対比をして見ましょう。
「ややこしや~」 No photoes please (笑)上演中はカメラ撮影禁止
「ややこしや~」 No flash please (笑)フラッシュはたかないでください
「ややこしや~」 Please switch off your mobile phone (笑)携帯電話は切ってください
「ややこしや~」 How complicated (笑)な~んてフクザツなの
「ややこしや~」 How confused (笑)な~んてややこしいの
というところで内容に入っていくのです。おもしろいでしょ。
主役の太郎冠者を演じた野村まんさい(ほんとに、漢字変換なしでごめんやす。これもねえ、有名人や、スター・俳優さんとかにさん付けで風間杜夫さんなんていうと、知り合いや思われるし、氏とか様とかつけられへんし、呼び捨てにするのも奥ゆかしい日本女性のわたしとしては、はばかられるしなあ)。とにかく、彼はうまいですねえ。日本でもいろいろテレビに出たり有名な方らしいですね。若いのにえらい。役者や。
こういう才能ある若者が、どんどん日本のオリジナルな芸術・文化を継承していってくれれば、ま、わたしとしても安心ですな。ははは。
ついで、これはボランティアのようでしたが、この日本まつりの一環として「能」もありました。
「羽衣」。リージェント・パークに日本庭園があるのですが、そこで木の舞台を作って、まさに自然の中でのパフォーマンスです。
ふだんは鴨や白鳥などの水鳥が遊泳している川のなかしまのようなところに舞台をかけて、対岸の土手で笛をふくやらの楽隊(といっても笛ひとり、太鼓ひとり)との供宴です。 また、主役の「天女」を演じたのは、ノルウェーの女性。日本で「能」を勉強しているそうです。
彼女の演出・主演。猟師を演じたのは日本人でしたが、英語で説明いり。I am fisherman.
のんびりとした悠久の笛の音と太鼓の音に合わせて、静と動をからだで表現します。
話に筋があってないようなものですが、これもこっちのひとにわかるんかいな?でもその表現の美しさと繊細さは日本のもの、と感じられました。
9月まで、キューガーデンでも日本シリーズで、でっかい王立公園のそこここに日本のものが。入り口の「鯉のぼり」に始まって、日本庭園のコンクール。賞を取った庭園が、にわかにキューガーデンのだだっぴろい公園の道すがらにとつぜん、現れるのです。緑の芝生の一画に突然。
ミニ日本庭園。ま、ミニったって、もともと広いキューガーデンの中の一画で再現してるのですから、たたみ3畳くらいはあります(わたしって、なんか、大きさを表すのにたたみを使うのが好きみたいですね、日本人かしら。やっぱ。ちなみにうちの日本の家には畳ないのに)。
日本っていいな。
日本にいたときはそんなに思わなかったし、むしろ、日本のものっていなかくさいなんて考えていました。離れてわかる故郷(ふるさと)よ、ってなもんでしょうか。うん、まだまだ日本も捨てたもんじゃないよ、っと。いろいろ言われる現代の日本ですが、この「やまと魂」を忘れず、いい意味でいいものは残していきたいもんです。世界遺産として?
イギリスや他のヨーロッパの国がそれぞれに文化を継承していくのと同じように、日本も独自の世界に誇れる自分たちのものを発展させていってほしいです。それをするのはいつも若い世代だから。でも、若いひとたちに受け継いでいくのは老人たちだから。もっといっしょにやっていきたいですよね。ニッポンバンザイ!
作者 注)
宝塚* ここで言うのは宝塚歌劇のことで関西の方なら、もしくはその筋の通の方ならご存知でしょうが「歌舞伎」や「能」に対抗して?つくられた女性だけの劇団です。すべて女性で演じられ、男役と称して、スターが生まれたりします。
はじめ、学生時代には、同じクラスに熱狂的なヅカファンが何人かいて「ツレちゃんがさあ」とか女性同志で熱をあげてる同輩を見て「こいつら、レズか?」と見下げて?いたのですが、縁あって?わたしも、ともだちに連れていかれ、無理やり?舞台を見(さされ)ているうちにけっこうはまっている自分に気がつきました。でもわたしは男性の方にキョーミあります。念の為。
っと。ベギンの世界でしょうかね、北野せんせい?
2001年10月25日
5月ハイドパークでの祭り。流鏑馬(やぶさめ、と読むのですのよ、「変換」すんのは簡単やけど。馬に乗って走りながら矢を的に向け、射るのですな)や祭り太鼓、ステージでのモダンな沖縄ロック系バンド。クラシックを今風にアレンジしたバイオリンのバンドとか。お茶、いけ花のテントあり。日本食の屋台あり(やきそばがやたらポピュラーってかんじでありましたが)。
イギリスの一番いい季節。軽やかな涼風の中。なぜか「日本」を満喫しました。
6月には日本でも行ったことのない、歌舞伎を見に行きました。お題は「曽根崎心中」。
中村がんじろう(敬称・漢字ともに略。すみません、正確な漢字が変換できない。雁治郎・かな)がとってもおうつくしく。女性のわたしがうらやましくなるほどおきれいでした。艶やかというのか、色気もあって。ほんまもんのおんなでも、あんなに物腰おんならしくできる女性っておらへんのとちゃう?きょうび(このごろ)の若い子は、って。わたしは説教おばさんか?
もちろん、日本語でというか上方語で舞台されるのですが、上に英語の電工掲示板字幕?がでます。それを見るのも一興です。舞台見ながら、上方語聞きながら、訳読んで、上方語を関西弁に訳してふむふむと理解して。。。ああいそがし。
その前に「嫁釣り」という軽い狂言があって、それも楽しみました。
にほんぶんか(うっとり。。。。)だわ。
この「心中」という、そのままでは世間でおてんとさまに向かって連れ添えない男女の道行、しかして二人して死んでしまう、というこの繊細な心情が外国人・英国人にわかるんか?と思いましたが、一緒にいった、ともだちのエゲレス人のだんなは「わかる!」と言ってました。ほんまかいな。でも、彼は20何年日本人の奥さんといるわけだから、心情もかなり日本人ぽくなっていることでしょう。
こういうの見に来るひとって、日本とか日本文化に興味があって、知ろうとしているひとたちだから、ま、いいっか。許したろ。
ほんとに、ざっと見ただけで観客の半分以上がこちらのひと。非日本人と判断しました。これだけのひとがイギリスで「日本文化」を楽しみにしているというのは、関西人かつ日本人のわたしとしては、なにかやはり、うれしい誇りです。
「これが日本やで。ええやろ、きれいやろ、洗練されとぉやろ」と言いたいです。はい。最後、ちょっと、隣の神戸弁になってしまいました。英語にはならんか、しかし。モダンな最近のものも。「蜷川カンパニー」の舞台もおもしろかったです。数年前かに、グローブ座で英語でシェークスピアの出し物をやったときには不評だったらしいですが。当時はまだそれほど日本ブームでなかったというのと、日本人が本場ロンドンでそれも母国語じゃなくて英語で舞台したっていうのが、ちょっとね。クエッション・マーク・3くらいかな。
(日本で日本人相手に英語でやるっつうなら、許します。)
で、そのときの失敗に鑑みてか、今回は日本語(上部電工掲示板字幕)。ま、モダンといえども古いといえば古いのですが、明治。三島由起夫(漢字これであってるって感じ?)の作品。
「卒塔婆小町」を男性のみでやったという。これまた、「宝塚」*はあっても、日本の基本文化って言うのは、むかしから「おとこ社会」なのでしょうか?
しかし。「ちゅうちゅうたこかいな」が「One and one makes two, Two and two makes four」とかになるのはなぜ??すごい激訳。
一連の日本舞台シリーズの圧巻は7月の狂言でしたね。野村まんさくカンパニーがロンドン、グローブ座にやってきました。
狂言役者とは、代々家として親子に引き継がれて日本にも120人くらいしかいないとこっちの新聞で紹介されていました。その狂言役者のほとんどが来英した、って感じです。
グローブ座はまたゆっくりご案内する機会もあるかと思いますが、シェークスピアの時代16世紀に遡り当時の雰囲気そのままに、彼の舞台を再現して20世紀に造られた劇場です。まん中は屋根がなく、立見席となって一番安い(£5)のですが、舞台にかぶりついても一向に平気。視野という面では、いっとう特等席。
ただ雨が降ったらヒサンかな。傘や椅子の持ちこみはだめ。他の観客のじゃまになるし。すべて木製の舞台はきわめてシンプルで、まわり舞台とか、そういう近代的設備がないもので、反対に言えばカーテンや覆いで、雰囲気を簡単にごそっと変えられます。
狂言はシェークスピアの「間違いさがし」を日本的にアレンジしたもので、このときは、舞台の前の2本のローマ支柱(というのか、ギリシャ神殿にあるような、大きな柱です)に黒と白の垂れ幕を巻いて、異国の雰囲気を出していました。
もともとの話が「くろしま」と「しろしま」なので、全編にわたり、「黒」と「白」。
はじめにみなが黒子のような覆いを被り(イスラム教徒の女性ではありません)顔がわからなくしています。それに能面をつけてアレンジしています。
話は、ご主人さまと家来(太郎冠者)の二組の双子の兄弟がそっくりなためにそれぞれのご主人さまや家来をまちがえて事件を引き起こしややこしくなるという双子の織り成すコメディ仕立てのものがたりです。これまた(上部電工掲示板字幕)です。始まる前に数人の黒子たちがすでに、うじゃうじゃと舞台に上がっていて例のかぶりつきの観客とかとしゃがみこんで話をしていたりとか。始まる前から不思議な雰囲気をかもしだしています。
で、ついに始まったら、全員で、舞台に向かい(観客には背をむけて)「ややこしや~」と両手で上から下へ、下から上へ、お祈りをするようにあおぎながら合唱。これがけっこう続くんです。
「ややこしや~」「ややこしや~」「ややこしや~」「ややこしや~」「ややこしや~」
舞台の合唱と上部電工掲示板の対比をして見ましょう。
「ややこしや~」 No photoes please (笑)上演中はカメラ撮影禁止
「ややこしや~」 No flash please (笑)フラッシュはたかないでください
「ややこしや~」 Please switch off your mobile phone (笑)携帯電話は切ってください
「ややこしや~」 How complicated (笑)な~んてフクザツなの
「ややこしや~」 How confused (笑)な~んてややこしいの
というところで内容に入っていくのです。おもしろいでしょ。
主役の太郎冠者を演じた野村まんさい(ほんとに、漢字変換なしでごめんやす。これもねえ、有名人や、スター・俳優さんとかにさん付けで風間杜夫さんなんていうと、知り合いや思われるし、氏とか様とかつけられへんし、呼び捨てにするのも奥ゆかしい日本女性のわたしとしては、はばかられるしなあ)。とにかく、彼はうまいですねえ。日本でもいろいろテレビに出たり有名な方らしいですね。若いのにえらい。役者や。
こういう才能ある若者が、どんどん日本のオリジナルな芸術・文化を継承していってくれれば、ま、わたしとしても安心ですな。ははは。
ついで、これはボランティアのようでしたが、この日本まつりの一環として「能」もありました。
「羽衣」。リージェント・パークに日本庭園があるのですが、そこで木の舞台を作って、まさに自然の中でのパフォーマンスです。
ふだんは鴨や白鳥などの水鳥が遊泳している川のなかしまのようなところに舞台をかけて、対岸の土手で笛をふくやらの楽隊(といっても笛ひとり、太鼓ひとり)との供宴です。 また、主役の「天女」を演じたのは、ノルウェーの女性。日本で「能」を勉強しているそうです。
彼女の演出・主演。猟師を演じたのは日本人でしたが、英語で説明いり。I am fisherman.
のんびりとした悠久の笛の音と太鼓の音に合わせて、静と動をからだで表現します。
話に筋があってないようなものですが、これもこっちのひとにわかるんかいな?でもその表現の美しさと繊細さは日本のもの、と感じられました。
9月まで、キューガーデンでも日本シリーズで、でっかい王立公園のそこここに日本のものが。入り口の「鯉のぼり」に始まって、日本庭園のコンクール。賞を取った庭園が、にわかにキューガーデンのだだっぴろい公園の道すがらにとつぜん、現れるのです。緑の芝生の一画に突然。
ミニ日本庭園。ま、ミニったって、もともと広いキューガーデンの中の一画で再現してるのですから、たたみ3畳くらいはあります(わたしって、なんか、大きさを表すのにたたみを使うのが好きみたいですね、日本人かしら。やっぱ。ちなみにうちの日本の家には畳ないのに)。
日本っていいな。
日本にいたときはそんなに思わなかったし、むしろ、日本のものっていなかくさいなんて考えていました。離れてわかる故郷(ふるさと)よ、ってなもんでしょうか。うん、まだまだ日本も捨てたもんじゃないよ、っと。いろいろ言われる現代の日本ですが、この「やまと魂」を忘れず、いい意味でいいものは残していきたいもんです。世界遺産として?
イギリスや他のヨーロッパの国がそれぞれに文化を継承していくのと同じように、日本も独自の世界に誇れる自分たちのものを発展させていってほしいです。それをするのはいつも若い世代だから。でも、若いひとたちに受け継いでいくのは老人たちだから。もっといっしょにやっていきたいですよね。ニッポンバンザイ!
作者 注)
宝塚* ここで言うのは宝塚歌劇のことで関西の方なら、もしくはその筋の通の方ならご存知でしょうが「歌舞伎」や「能」に対抗して?つくられた女性だけの劇団です。すべて女性で演じられ、男役と称して、スターが生まれたりします。
はじめ、学生時代には、同じクラスに熱狂的なヅカファンが何人かいて「ツレちゃんがさあ」とか女性同志で熱をあげてる同輩を見て「こいつら、レズか?」と見下げて?いたのですが、縁あって?わたしも、ともだちに連れていかれ、無理やり?舞台を見(さされ)ているうちにけっこうはまっている自分に気がつきました。でもわたしは男性の方にキョーミあります。念の為。
っと。ベギンの世界でしょうかね、北野せんせい?
2001年10月25日
コメント
コメントを投稿