433 ラニーミードのマグナカルタウォーク

10月にリーダーした、ラニーミード Runnymede のウォークを入れるの忘れてましたね。
今週末は11月の歩き、なんで、入れておかないと。
写真は下見のときに撮ったのもいっしょに入れておきます。
本番でリーダーしてると写真撮れないので。

マグナカルタ・メモリアル

ラニーミードはオールドウィンザーの近くにある、テムズ川沿いの場所で、のっぱら。
今はナショナルトラストになっています。今から800年前の6月にマグナカルタ(大憲章)が制定されました。時の王、ジョン John (1167-1216)、彼は通称「失地王」。父は豪傑で領土を拡大したヘンリーⅡ世。母はフランスの雌狼と言われたアキテーヌのエレノア、の末っ子で、お兄ちゃんのひとりはリチャード( I 世)「獅子心王・ライオンハート」と言われた武官でしたが、ジョンはいいとこなし。
父が築いた広大なフランスの領地も彼の時代には戦いに敗れてほとんどなくなっているというありさま。
かなり身勝手だったようで、重税かけるわ、勝手なことするわ、で王たりとも、議会の承認なしにはなにもでけん、と貴族に糾弾され、マグナカルタを(いやいや)制定するはめになったのです。
その上、当時の法王によって、せっかく彼が制定したものは無効とされ、息子のヘンリーⅢ世の時代にまた復活。
憲法のもととなった、とりわけ、自由主義の基本となった、アメリカの独立運動に影響を与えたと、アメリカ合衆国が20世紀になってから、この地にメモリアル碑を建てました。

今年の6月にはロイヤル交えて記念式典。記事にしたのでご参考。
406 マグナカルタ800年


ウィンザー城


当日は皆と集合する前にひと歩き。

ウィンザー城を横目で見ながらひとりダチェットへ。



釣りをしているひとがけっこういた。










当日は、朝10時10分にウィンザーのひと駅ロンドン側のダチェット Datchet 駅に集合。わたしはメイドンヘッドからスラウ乗換、ウィンザー(には2つ駅があり)セントラルからリバーサイド(徒歩5分)でまたひと駅列車、の2回乗換予定だったのですが、乗換に失敗してリーダーが集合時刻に遅れたらえらいこっちゃ、とひとつ前の列車に乗りました。すると早すぎて、この時間、ウィンザーからダチェットの列車は1時間に一本なので、あまりに時間がありすぎ、歩くことにしました。
電車でひと駅所要3分は歩くと40分くらいです。こちらも川沿いのテムズパスを辿りました。このルートは下見してなかったので、ぶっつけ本番。川沿いだかららくらく、と思いきや、途中ちょっとあやういところがありました。なんとか、集合時間前にダチェットに到着。

アルバート橋たもと


ほとんどの参加者はロンドン・ウォータールーから一本で来られたのですが、集合後、駅をでて、10分ほど道路沿いを歩き、パスに入ります。水門を過ぎて2時間ほどでラニーミードに到着。入り口には「ここがマグナカルタ発祥の地」とある大看板。800年記念に建てたのかな?
敷地はナショナルトラストの公園になっており、カフェやショップがあります。


オールドウィンザーロック
(水門)




ラニーミードに近づくにつれ、豪邸が。


いいなあ
眺めのいい庭

個人のボート着場





マグナカルタ800年記念

メモリアルの入り口に
ある説明


ケネディ碑



メモリアルの建物や、ケネディ(JFK)の記念碑などがあります。なぜケネディ?というと、この土地を女王様が彼に与えたから、だそうで。なんでやねん。





ボートツアーも








広大な敷地内に、アートが。
陪審員 The Jurors というテーマで12の椅子がのっぱらに。



カフェ






ランチしたパブ
















ウィンザーファームショップにも寄りました。
休憩のあと、ここから30分ほどでまたダチェットに戻り、解散。4時36分の列車にはすんでのところで乗れず。
なんせ、30分に一本だからね。お疲れさまでした。


クリスマスマーケットのマルキーを作ってました


ウィンザー観光ホップオンホップオフバスも来ます。



記念撮影





後日ヘンリー(オン・テムズ)で見つけたマグナカルタの説明(右)


歩いたのは10月11日(日)です。


© Mizuho Kubo , All rights reserved…November, 2015

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