174 リージェンシーについて



「リージェンシー」時代とは?
Prince Regent のちのジョージ4世(摂政皇太子)が病気の父(ジョージ3世)の代わりに摂政していた時代です。
1820 - 1830 George IV (1811-1820 Prince Regent 摂政時代)
ジョージ4世
ほんとはもっと太ってたらしい

ジョージ4世とブライトンにある避暑屋敷、ロイヤルパヴィリオンについては記事にしているのでご参考までに、こちらもどうぞ→→→164 ロイヤルパヴィリオンと海辺

ジェーン・オースティン
同時代にいるのが、詩人のバイロン、シェリー。このひとの愛人で後添えが「フランケンシュタイン」作家のメアリー。あと女性作家のジェーン・オースティンとか、そういう時代です。
ヴィクトリア女王の2代前、といっても、弟の跡継ぎでまた姪っ子だから、時代はそんなにたっていません。
自家製イギリス・ロイヤル年表」(←←←ついに完成)しつこいって?

リージェンシー時代と言えば、建築。
王様は家にはちょっとうるさかったらしく、内装だけでなく、いろいろ変えております。お抱え建築家のジョン・ナッシュ。バッキンガム宮殿も現在の様式になったのは主にこのひとのときです。バッキンガムハウスだったものを、パレスにしたのもこのひと。庭にあった、凱旋門はヴィクトリア女王のときに移動され、現在のマーブルアーチ(ハイドパークの北側)に見ることができます。これは以前はバッキンガム宮殿の庭にあったのよん。






観光バスも通るよ
ジョージ4世はフランスのナポレオン(1世)と同期。彼を政治的ライバルと思っていたようです。ウォータールーの戦い(日本語だとワーテルローって言うのね、フランス語読み?)でナポレオンを破ったことが自慢のよう。自分は戦場に行ったわけではないのにね。

このとがった尖塔が当時話題になったと
自分のつくった通りを
見つめています
ナッシュが眺めているであろう
リージェント通りの景色
リージェント通りの北の端にある、オール・ソウルズ教会もナッシュの作、ナッシュの胸像もここにあります。

ピカデリー・サーカスから望むリージェント通り
昔も今もあまし変わっておらんが。

アスプリー・ハウス
ウエリントン卿の住まいだった



ホルボーン近く

これはラッセル・ホテル

彼の建築はリージェント・パークを囲むようにしてある通りやクレセントにも多く残っています。だいたいが高級住宅地か、オフィスの建物になっております。みんな、ギリシャのパルテノン神殿みたいなんだよねえ。三角屋根があって、ギリシャの支柱が特徴の建築様式。
昔、このへんの一角の家が売りに出てるのを不動産やの広告で見て、買えるんやあ、と感動しました。もちろん、何億。。。ポンド・ですけど。。。。その広告によると、家の中にジムまであったわ。買ってホテルにしたらええなあ、と思ったのを記憶しております(買えるか、そんなもん)。
パーク・クレセント、カンバーランドテラスやポートランド・プレースと言ったところがナッシュです。

ロンドンだけでなく、郊外にも。他都市にも。
ウォリックシャーにある、レミントン・スパ Leamington spa はその名の通り、リージェンシー時代に、温泉町として栄えたところですがロンドンからそのまま持ってきたようなリージェンシー建築が残っています。

やっと行ったので見てください→「223 リージェントの町、レミントン・スパ

リージェンシー建築の特徴とは?
大きな窓
スタッコのファサード Stucco facade
鉄製のバルコニー(ベランダ) iron balcony
ギリシャ風支柱(コラム) Column

昔のカンバーランドテラス
Stucco facade
当時の有名な建築家としてもうひとりいたんですが、その名もジョン・ソーン。ファーストネーム同じだけど。ソーン氏はかなり変人だったようで、自宅を学生たちの予習復習用に美術館のようにしておりました。彼はロイヤル・アカデミーで教えていたらしい。当時の高名な建築家のひとりだったようだけど、客を選ぶひとで、自分の思うようにしか建築しないので、ジョージ4世にとっては、けむたい存在だったみたい。自分の言うとおりにしてくれるナッシュの方をひいきにしていました。

こんな感じ

178 サー・ジョン・ソーン・ミューゼアム ←(こちらやっと記事にしました)はホルボーンにあります。
これもまだ課題。火曜日から土曜日までしかオープンしてなくて、土曜日はけっこう予定があって行けないのだ。美術館や博物館っていちにちがかりですから~。ロンドン時代からの課題。つきの第一火曜日の夜にはキャンドル・ライトのツアーもあるようですが、いつか行きたいものだわ。
英語だと Candlelit Tour なんだけどねえ。light  lit  lit 3段活用ですよ。

BBC より
ジョージ4世は絵の収集、家具の収集もすごく、収集癖のあるのはイギリス人の特徴であるが(あ、彼の場合オリジンはドイツ人です)主にベルサイユのロココ調家具を好んでおります。
アンティークでも、リージェンシー時代、という家具があるんですが、かくかく、きんきら、って感じかなあ。シノワズリ(中国趣味)が流行ったのもこのころ。ジョージ4世が流行らせた、っつうか?
オリエンタル模様の壷

貴石の浮き出る飾り台
現在のカールトン・ハウス・テラス
ジョージ4世のバッキンガム宮殿の前の住まいカールトン・ハウスは現存せず(壊してバッキンガム宮殿に移行したため)見ることもできませんが、ウィンザー城にカールトン・ハウスのインテリアを彷彿とされる部屋があるらしい。一般公開はされてないのですが、テレビでやってたのでばっち。
うん、似てる。ロイヤル・パヴィリオンの中と。幻想・イリュージョンと絢爛オリエンタルのテーマ?

こちらブライトンの
ロイヤル・パヴィリオンの
ミュージック・ルーム

こちらウィンザー城内の広間

ためになるなあ、BBC4.
ありし日のカールトン・ハウス
中はこんなだったと



柱も外と同じよねえ

浪費家で、派手だったジョージ4世。後世ではイギリス始まって以来の最悪の王、と言われてしまっておりますが、残したものはすごいと思います。今ロンドンに残っている町のわくぐみもほぼ、この時代にできたもの。建築様式も基本の道路も、全部この時代からです。



晩餐会のテーブル


カールトン・ハウズの室内はこうであったかと

父、ジョージ3世がなくなり、やっと王として戴冠式をしたのが64歳。

戴冠式のローブ
紫です。すそがなが~いの
摂政時代の方が長かった治世でした。

このナッシュ、この時代、ギリシャ建築に凝ってたようで、セントパンクラス駅から程近い、その名もセント・パンクラス・パリッシュ教会(パリッシュは教区教会です)

セント・パンクラス教会

番外の番外編→「ポスト・ギリシャ」にいれましたが、これ、まさに、エレクティオン神殿の。
前面に四体の少女像、後面と対をなして、こちらも4体。こちら綺麗に残ってます、っつうてもたかだか300年やし。新しいわよ。











チャリティ・ショップの「少女像」

←チャリティ・ショップのウィンドウに発見!何に使うのかねえ。砲丸投げのひとが横にいました。セットかしらん?

大英博物館のもの








2日後に店の前を通ったらなくなってた。売れたのかしらん。買う人いるのね?写真早々に撮っておいてよかった。いつもカメラを携帯しているわたし。

© Mizuho Kubo , All rights reserved....October, 2011

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